福岡市立愛宕小学校は、福岡市営地下鉄室見駅や、都市高速愛宕ランプそばにある全校生徒数759人の中規模小学校です。校区には、畑や田んぼが一箇所もない、典型的なニュータウンの中にある小学校。
愛宕大橋を渡れば、そこは、テレビ局や、ソフトバンクホークスの本拠地yahoo福岡ドーム、ホークスタウンなどなど高層オフィスビルやセレブマンションが建ち並ぶウォーターフロント開発地区のシーサイド百道(ももち)。海側に目を転じれば、九州最大のアウトレットモールマリノアシティの大観覧車。
愛宕小学校のある一帯は、博多湾をどんどん埋め立てて増殖した人工の街なのです。
そんな小学校に今春赴任してきたのが、稲増先生42歳。前任地は、田んぼや畑がのどかに広がる西区郊外の下山門小学校。ここでの何年かを、先生は、給食の残りの生ゴミを堆肥にして、野菜やお米を育てる食育活動の実践を積んできた方。
都市の子どもたちの日常のなかに、全く食べ物の生産の現場がないこと、土との接点さえ非常に薄いことに危機感を抱き、ほんものの田んぼに触れ、生産の体験をし、自分たちの食べものについて考える機会を作らねば・・・そんな思いが、稲増先生を教育ファームの取り組みへと駆り立てたのでした。
6月24日。ほんものの田んぼでの初めての田植えです。この日は梅雨の晴れ間でもあり、曇り空から強烈な太陽が現れて、殺人的な光線が射す不快指数極めて高い、むんとする、気力を削ぐ陽気です。
先生の熱い思いをよそに、子どもらは、一時間目の授業を受けてから、学校⇒地下鉄⇒駅から田んぼまで徒歩1キロ。小一時間の行程だけで、疲労の色が濃い。
前日に、体育館に集合し、これから一年間の農業体験のスケジュールと、田植えの予行演習を行って、しっかり頭に入っているにもかかわらず、子どもらの関心は低い。
「これは、ジャンボタニシです」と、生き物好きの子どもたちの関心を引こうと話す先生を尻目に「ヒルやらがおって、血吸われたら、どうしてくれると」と不満や不安を口にする子。
「ヒル、見たことあるの?田んぼにはヒルいるのかな?」と聞くと「知らん。知らんけど、本に書いてあったもん」。
手遊びするわ、話は聞くふりしてるけど、ほぼ耳には届いてない。うんざり顔な子どもたち。
田植えの前に、田んぼを貸してくださる田中さんのお話です。
まず、今日植える稲の品種について。
『地球の温暖化は、稲の栽培にも深刻な影響を与えています。以前はヒノヒカリを植えていたのが、稲の実が熟す9月の気温が異常に高いためお米が乳白化してしまうようになりました。
去年から、温暖化対策用に品種改良されたニコマル(名前がかわいい)を植えますよ』
『この田んぼにはジャンボタニシがいっぱいいますけど、これは以前食用として輸入されて、稲の株を食うので害虫扱いされてましたが、水の入れ方次第ではジャマな草を食うことがわかったので、福岡市西区では益虫として大事にしてます。
ジャンボタニシの好物はスイカです。食べた後の赤い果肉がちょっとついたのを田んぼのふちに置いておくと、いっぱい寄ってきます。』
ぽっちゃり型の田中さんの説明がいい感じ。
田中さんが大事に育てたニコマルを持って、しずしずと田んぼに入る5年1組と2組の子どもたち。残されたクラスは見学&待機です。
全員初めての田んぼ体験。
すんごくたどたどしい足取りの子どもたち。
うなだれ、声もなく田んぼに入っていく様子は、難民キャンプの行列のようです。
さて、その一歩。
田中さんの田んぼは水気が少なく粘り気が強い。一歩一歩足を抜いて歩くたびにしゅぽんと音がしそうな、一歩進むのにも筋力がいる土壌です。

田んぼの真ん中に印綱を張り、1組と2組の子どもたちが向かい合って後ずさりながら苗を植えます。
印綱を両側で引っ張るのは保護者のお母さんたち。「印綱をひっぱっておくだけ」という先生のお誘いについ乗ってきてしまったものの、しゃがみっぱなしの重労働に「こんなはずじゃなかったっ」。お母さんたちにとっても、田植えは初めての経験。
「苗を3本取って、目印のところに植えてください」という指示に、「葉っぱ3枚分」と勘違いして植える子続出。
「少ないでしょ?3枚じゃなくて、3株。わかる?茎が3本、よく見てね」
転んで、立ち上がれない子に二人がかりで手助け。それでも、なかなか立ち上がることができない。
服が汚れるほどに、だんだん子どもたちもリラックス。植え始めて30分過ぎた頃から、全員の姿勢が揃い、ペースもあがってきます。
楽しそうな様子の田植え組に対し、待機組はじっと待つことに飽きた様子。
隣の田植え前の田んぼに、数人の男子らは遊び始めると、なだれを打つようにわれもわれもと、泥田に飛び込む待機組。
こっそり準備していたと思われるガラス瓶や、ビニール袋などを取り出し、虫やカエルを捕獲するのに夢中になってます。
隣で、ガタリンピックのように泥だらけで遊びだした待機組のはじけ方に、田植え組、気になって仕方がありません。
一時間近く田植えをして、半分植え終わって交代になったら、その足で、となりの田んぼへ一直線。
肩を組んで二人三脚、畦から高飛び、泥を跳ね上げて走り回る。
子供達は、大声を上げて、田んぼの中を動き回ります、
そして、一仕事済んだら、田んぼの横を流れる用水路へ。ここの水遊びも、とても気持ち良さそう。なかなか上がってくる気配なし。
田んぼというのは、仕事の場であると同時に、遊びの場でもあったんだね。
私は、労働ということに対して、ものすごく不自由な概念を植えつけられているのかもしれない。
遊んだらいかん、不真面目はダメ。私語はダメ。公私の区別はつける。昼間からお酒飲んじゃダメ。仕事だし。時給なりの働きをしなくっちゃ。
そんな縛りにとらわれていて、そこで稼いだお金で、何でも全てのものが手に入ると信じている。
それって、もしかしたら、違うのかもと、常識が覆りそうになる。
農作業というか、田んぼの環境は、もっともっと懐が深く、子どもらや大人をも、ストレスフリーにする要素があって、なんかいい気持ちになる、元気になるから、行っちゃおうかなという魅力に満ちているような気がします。
愛宕小学校の5年生は、総合学習の時間を使って、多角的な面から農業を見つめていくことになっています。
これからは、その取組に参加しながら、子供達がどんな風に変化するのかを追っていこうと思っています。
佐賀、武雄といえば・・・豊臣秀吉も宮本武蔵もお湯につかった武雄温泉。最近じゃ、映画「佐賀のがばいばあちゃん」のロケ地になり、市役所に「がばいばあちゃん課」までできたことで知られる人口約3万5千人 自然豊かな街。
創立60周年を迎える小鳩の家保育園でのちびっこたちの田植えが行われるということで、6月23日月曜日、朝も早よから駆けつけました。
この小鳩の家保育園、温泉街から車で5分の近さにありながら、園のお隣は、源頼朝が戦勝祈願のために使者をつかわした古文書が残る由緒ある武雄神社。樹齢三千年の楠を抱く御船山 の山すそにあり、のどかにホーホケキョがさえずるまことに気持ちのいい場所にあります。
園長先生が一級建築士だからかしら?三角屋根の時計台が目印のステキな設計の保育園です。
着替え終わった子どもたちが、次々に園庭に集まってきます。
なぜか全員、スイミングキャップをかぶっている。足元を見るとビーサンだ!
各自ぶらさげたスーパー袋には「お着替え」が。
さすが、田植え初めて19年のベテラン保育園。万全の構えです。
幼稚園から2キロほど離れた田んぼまで、車で移動。年長さん21人のちびっこを二回に分けてピストン輸送です。
この園は、市内の有機野菜栽培グループ「山内町オアシス会」と連携し、食と農の実体験保育に取り組む食育活動の盛んなところ。
保育園から引き取った給食用食材くずを肥料にして育てられた無農薬野菜を給食メニューの中に取り入れ、小さな地域での循環食育に取り組んでいるのです。
園から歩いてすぐの畑には、園のみんなで育てている無農薬菜園もあって、毎日どろんこ遊び代わりに農作業というスタイルが定着しているんだとか。
土にしっかりなじんでいるんですね。
が、しかしっ!
畑と田んぼは、様子が違う。
手を広げて、サンダル脱いで、
「さー、みんな、入っておいでー」と、園長先生が呼びかけても、子どもたちは、泥のなかに足を入れることができません。
最初の一歩が踏み出せずにいるようです。
特に男の子たちは、びびりです。
最初の勢いはどこへやら、立ち尽くす小鳩ボーイズ。
「ほら、みてごらん。田んぼのなかには、豊年エビがいっぱいおるよ」と、子どもたちの農作業の指導をしている武友会(地元若手農業者の会)のお兄さん たちが、田んぼの中からすくった豊年エビを見せ、絶妙に田んぼへと誘導します。
豊年エビというのは、農薬の少ないきれいな水の田んぼにいる生き物で、これがたくさんいる田んぼは、豊作になるということからその名がついたもの。
二億年前からその姿は変わらず、生きているのはほんの2~3週間で、その間に卵を産み、それはどんなに土が乾燥しようとも、次に田んぼに水が張られるまで生き延びる「生きた化石」と言われるすごいヤツ。
ようやく田に入る気になった子ども達に武友会のお兄さんが苗を渡します。
「この苗を3本くらい取って、植えるんよ」と、じっくり言い聞かせているところ。
「うわーすごい。
お茶わん洗うスポンジみたいやん」
しっかり根が張った苗を見つめる子
「ちぎれんんんーーー」
精一杯の力を出しても、簡単には苗をちぎることができません。
根っこの強さがわかります。
苗を片手に、おそるおそる田に踏み込む子どもたち。
ぬめっとして、足が思うように抜けなくて、自分の足じゃないみたい。
膝の半分しかない深さでも、子どもたちにとってみたら、腰までつかりそうな深い深い得体の知れないぬかるみなんです。
きーきー、きゃーきゃー
子どもたちの声が響きます。
子どもたち21人に対し、武友会のお兄さん、保育士の先生、園児のおじいさんなどなど大人が10人余り。
子どもの間に入って、マンツーマン体制で、田植えが進んで行きます。
田んぼに入って10分も経つと、だんだん子どもたちに活気が戻ります。
「気持ちいい~」
「あーん、土がつるつる~」
「蜘蛛が水の上をすいすい泳ぎよる」
「足が抜けーん」
「先生、助けてーー」
苗の取り分け方もだんだんとわかってきました。扇のように広げて、その端から苗を取る子。
「ほら、こんなに広がってきれいやろ」
苗の植え方はお兄さんが懇切指導。
こうやって印のところに植えるんよ。
「先生、この米は、お餅の米?ごはんの米?」
「どっちの米がいいと?」
「お餅の米!」
「残念でした。これはご飯の米」
「ええーっ何で?」
「ここでなったご飯のお米と、お餅の米と交換してもらうんだよ」
「やったー、餅つきできるんだ」
お餅の米と、ご飯の米との違いが分かる小鳩園児、すごいぞっ
田植えも、どんどん上手になります。
ちっちゃい手で、植える場所を見極めながら慎重に植える子。
しかし、5歳は5歳。
集中力は30分と持ちません。
田んぼの半分も植えないうちに、もはや飽きてきている。
「うまくなってきたねー」
「最後までがんばらんばー」
という大人の掛け声もむなしく、泥遊びに興じる子どもたち。
疲れて泣く子も出てきます。
一人泣いたら次々に伝染して、何人もが泣き始める。
阿鼻叫喚です。
ちぎれきれずに、束になって植えられた苗。
この田んぼを貸してくださっている農家の方曰く
「これでもいいとです。
子どもらが、田植えまたしたいと思ってくれるのがいいとです。
これでも、けっこうな米が取れるでしょう」
終わったどー
みんなで記念撮影。
ちっちゃいピースがかわいいな。
「食と農、幼と老、そんな交流が大事です。、給食の残飯が堆肥になる。回りまわって、自分の口に入って、おいしいと思う。すべては循環しています。
小さな交流が、小さな地域の循環になり、武雄の町が生まれ変わっていくんじゃないのかなぁ」と井上園長先生。
ま、そんな大人の思いとはじぇんじぇん関係なく、泥んこになった子どもたちは、ひゃーひゃー言いながら、はだかんぼになって、水浴びをして、着替えます。
ちっちゃいおしり、おしり、おしり。
とれたての桃みたいなおしりがいっぱい。
こいつら、まだ、生まれて5年しか経たないんだなぁと改めて思う。
小鳩の家保育園では「おやじの会」というのがPTA組織の中にあるそうです。
そして「おやじおやじ会」という、じいちゃんの組織もあって、農作業のさまざまの場面でのかかわりがあるそうです。
武友会のお兄さんのやさしさ、農作業をいっしょにやってくれるじいちゃんのまなざし、そんな大人の懐のなかで、たっぷり甘えて育つ幼少期があることの豊かさ。
親だけ、母親だけで子どもを育てていると閉塞してしまう。
囲い込む子育てから開放する子育てへ。
子育てを自然な形で開放していくのに、農作業というのは、それぞれに係る接点が多様なの分、とても良い機会になる。
祖父母が加われば、一人から4人に。地域の人たちが加われば、その何倍にも開放される。
よりより人間に育てっていくステップとして農作業というのは、とても大事なことなんです。
という、園長先生の言葉がしみいりました。
6/27(金)、奈良県高市郡高取町にある、たかむち小学校の取り組みにおじゃましました。
たかむち小学校の最寄の駅、近鉄「壺阪山」駅を出ると、「観光とくすりの町」の看板があり、道中を注意深く見ていると、比較的小さな製薬会社がいくつもありました。
話によると、昔は薬草などが豊富に採れたらしく、今でも富山に負けないくらい、高取町の置き薬は全国規模の知名度だそうです。
観光といえば、奈良はもうご存知の通り。
駅前のエリア地図をみると、無数に古墳やら陵墓が点在しています。
隣駅の「飛鳥」には、極彩色の壁画で有名な「
高松塚古墳」もあり、石を投げれば国宝に当たるほど由緒正しき遷都1300年の歴史です。
さて、今回、たかむち小学校5年生約60名の取り組みは、黒大豆の播種、そしてすでに育苗された黒大豆、白大豆、茶豆の定植作業でした。
ですが、体験できる時間はわずか45分間のみ。
短い時間で終えるよう、生産者の方は事前に畑の畝の上に苗と肥料をセッティングしていただいていたり、作業前の説明には要点だけをわかりやすく解説したプリントを準備していただいたりと、至れり尽くせりでした。
生産者の代表の方がプリントに沿って黒大豆の播種の説明をしてくださったのち、まずは6グループほどに分かれて、1枚128個のセルに一粒一粒、黒大豆の豆をまきました。
ポイントは、「へそ」を下にすること。
この話は、すでに
「ほほえみの会」の記事でも同様のことが伝えられていますが、そうしないと根がうまく出ず発芽しないそうです。
まずは生産者の方たちが実演して、今度は児童たちの番。
みんなでいっせいに播種を始めたところ、はて?どのセルに埋め込んだのかわからなくなるケースも。
ときどき、「へそ」が上になっているのもあったようですが、発芽しないのもご愛嬌ということで。
時間がないので急いで定植をする畑に移動です。
畑は学校の体育館のすぐ裏にありました。
畑ではすでに大豆の苗がセッティングされていて、生産者の方が植え方の手本をレクチャーされ、続いて児童たちも実践。
ここでのポイントは、根っこからすぐ上の子葉を畝に対して垂直になるように植えること。
いわれるがままに作業をする子もいれば、「どうして?」と質問をしている子どももいました。
その理由は、子葉を垂直になるように植えないと、隣同士の葉が重なり合ったりして収穫しづらくなるからだとか。
生産者の方が「植物は皆同じで、太陽の方向に同じように成育するんだ」と説明されておられました。
考えてみたら、当然のことですが、いわれてみないとわからないことばかりです。
定植は、児童一人当たり5~6株ほどで終了。
いかんせん45分という時間枠の中ではこれぐらいが限界ですね。
すべて無事に植え終わって、「どれが黒大豆で、どれが白大豆で、どれが茶豆ですか?」という質問に、生産者の方は「・・・できればわかる!」。
た・確かに。
蛇足ではありますが、45分という時間ではどうしても児童たちの体験が「やっつけ」のように思えました。
質問や疑問、自分で考える時間、それ以外に脱線する部分もほとんどなく、決まったことをただただこなすといった感じです。
生産者の方も、「昔(小学校統合前)は、30人くらいやったから、ゆっくりと教えながらできたけど、今日はバタバタや」とつぶやいておられました。
お忙しい生産者の方たちに時間を割いてもらって、短時間で終わらすためには事前の準備にはそれ相応の時間が必要なはずです。
児童たちもどことなく物足りない雰囲気が漂っています。
せっかく実施している教育ファームなのに、かなりもったいない気がしてなりません。
大豆の定植が終わり、児童たちが植えた田んぼをみせていただきました。
もち米の田植え自体は6/13(金)に終わっていて、田んぼの真ん中あたりから背中合わせ?(いや、頭合わせ?)に反対方向へと「ちょ縄」(「田植え綱」のことを高取町では「ちょ縄」というそうです)を使って手植えされたようです。
その様子は、
たかむち小学校のブログで紹介されていますので、そちらをご覧ください。
しかしながら、奈良という土地柄でしょうか、植え方に気品を感じませんか?
というのも、豆の定植の説明を受けている際に、担任の先生の号令でかぶっていた黄色い帽子を全員が脱帽するなど、きちっとした礼儀作法が身についている児童たちのようでしたので、苗もどことなく礼儀正しく植わっているように思えた次第です。
収穫されたもち米はお餅に、大豆はお味噌になるそうです。
ぜひ、炙り餅にお味噌をつけていただきたいものです。
さらに雑感ですが、詰め込み教育のオルターナティヴとして2002年ごろから「ゆとり教育」制度が実質的にスタートし、その象徴が「総合的な学習の時間」だったと思います。
しかし、「ゆとり教育」が導入されて以来、その反面では日本の子どもたちの学力の低下が叫ばれるようになり、今年度あたりから一部「ゆとり」を見直す状況にあるようです。
必ずしも正しくはないですが、たかむち小学校の45分時間限定なる取り組みはどこか「ゆとり」見直しの端緒を示しているような気もします。
また、
島根県「さぶみ牧童探検隊」の記事にもあるように、たかむち小学校は児童数の少なくなった育成小学校を廃校し、高取小学校に統合して今年度から改めて開校された小学校です。
たかむち小学校の駐車場にスクールバスが3台ほど停まっていて、かなり遠くから通ってこなければならない児童がいるという話でした。
生産者の方が「昔は、ゆっくりと教えながらできた」と独り言のようにつぶやかれた意味を、今回の統廃合と重ね合わせて考えてみる必要があるなと思いました。
教育制度の変更、小学校の統廃合など・・・すべて大人の理屈ですから。
6/21(土)、大阪府泉佐野市の泉佐野市公園緑化協会さんの取り組みを見させていただきだました。
近畿もあいにくの梅雨空で雨ではないかと心配していましたが、曇りのち晴れでなんとかお天気は持ちました。
近くの駅まで迎えに来ていただきまして、そのまま今日の資材を取りに、公園緑化協会さんが管理されている里山へ行きました。
この里山は、あとでいただいた『GREEN REPORT 2007』(財団法人泉佐野市緑化協会)を見て知ったのですが、元々旧泉佐野コスモポリス用地で、かつて最先端技術産業ゾーンとして買収されその後破綻した丘陵部で、ゴミの不法投棄や手入れ不足によって荒廃しきっていたようです。
そんな通称「コスモ山」の再生を2004年ごろからスタートさせ、今ではご覧のようなすばらしい里山へと生まれ変わりました。
現在、子どもの牝牛を2頭放牧されていて、美味しそうに草を食む子牛を見ていると、ここが大阪だとはとても思えない気持ちになりました。
ちなみに、彼女たちの名前を募集中とのことです。
また、納屋の裏には立派なツリーハウスがありました。
詳しいことはよくわからないのですが、一般にツリーハウスは木に直接ボルトオンする方式(アメリカ方式?)と木材と木材でクランプのように木をサンドイッチして固定する方式(サンドイッチ方式?)があるそうですが、このツリーハウスはいずれとも違うそうです。
なんと、このツリーハウスは樹木の枝分かれする部分に乗せているだけで、今のところこれがベースの樹木に一番ダメージが少ないのではないかとおっしゃっていましたが、バランスよく枝分かれしたケースでないと設置不可能ということでした(笑)。
このツリーハウスの目的をたずねたところ、「完全に遊びです」というお話で、林業や建築業といったプロのボランティアの方たちの協力を得ながら、里山作りを楽しんでおられる様子でした。
コスモ山での資材積み込みも終わり、早速ほ場に到着しました。
ほ場は住宅地の近くにあり、すぐ近くには大型スーパーマーケットが見えます。
正しくは、以前は田畑のあったところが住宅地化したということだと思います。
どちらかというと、教育ファームの「都市型」のケースといっていいのではないでしょうか?
さらにいえば、むしろこの「都市型」の教育ファームこそがこれからは典型となると思いますし、「都市型」ゆえにあえて書かなければならないなと思う事態も目にしました。
すでに、第1回目の田植えは終了しており、米は「田植え綱」を、もち米は「田植定規」を使って田植えをされたとのことです。
そして、今回は合鴨放鳥と簡単な畑仕事をされました。
参加者は小学校や新聞などを通じた一般公募の親子30組ほどで、当初予定していた20組から10組枠を広げないといけないほど多くの応募があったそうです。
合鴨を田んぼに放つのに、全面では少々広いので、今日のところはもち米を植えた部分までで仕切りを入れることになりました。
公園緑化協会さんが合鴨農法にチャレンジするのはこれが初めて。
もちろん、まわりの田んぼでは化学肥料を使った現代的農業を営まれている生産者がほとんど。
当日も、隣の田んぼの生産者の方が、合鴨農法についていろいろと質問されていました。
実は、今回合鴨農法にチャレンジした意図もここにあるということで、この一枚の田んぼから他の田んぼにも合鴨農法が波及して、この区画一体が合鴨農法地区なれば、合鴨ブランド米としてこの地区全体の活性化につながるのではないかと期待しているとのこと。
その期待を一身に背負って、14羽の合鴨ちゃんたちがデビューしました。
しばらく合鴨の愛らしい仕事っぷりを見守ったのち、お父さんたちは田んぼの回りに電気柵を廻らす作業をしていただき、児童たちとお母さんは少し離れた畑に移動し、そちらでキュウリのつるを巻きつける棹立てと肥料の散布作業を行うことになりました。
畑にはすでに、キャベツ、ナス、キュウリ、タマネギ、サツマイモなどが植わっています。
キュウリの棹立てが終わると、すでに植わっている作物に化学肥料と腐葉土を散布して、約2時間の農作業は終わりました。
さて、あえて書かなければならないと思った内容は、少々誤解を招く恐れがあるかもしれないので慎重になる必要があるのですが、泉佐野市公園緑化協会の皆さんの活動や考えがすばらしいと思ったからこそだということと、これが「都市型」教育ファームの一般的な実情ではないかということ事前にご理解いただきたいと思います。
この日の参加者は30組ほどでしたので、子どもたちも30人ほどいたと思います。
見ている限り、畑仕事をしていたのは特定の子どもたちで、残念なことに畑仕事をほとんどしていない子どもたちの姿も目立っていました。
とくにそのことを注意したり叱ったりする必要はまったくないと思うのですが、第三者の立場から見ると運営側と参加者側とで教育ファームの目的意識がうまく共有されていない温度差のようなものを感じました。
また、私の勘違いもあったのですが、参加者はあくまでも児童で保護者はその付き添い(もちろん保護者も参加可能で実際に児童と一緒に畑仕事をさている保護者の方もいらっしゃいました)だったということ。
なので、保護者の方は見ているだけで、場合によっては保護者同士で日常会話に夢中になられていた時間も長かったように思います。
その他、保護者の方が作業をしている子どもたちに、「ジュース買ってきたろか?」、「もう車で待っとくか?」、「早くしないと、終わらへんよ!」など、そんな言葉にもやはり温度差が現れていたように思いました。
さらにショッキングだったのは、腐葉土を掘り返していると一匹の
ハナムグリが這い出してきて、そのハナムグリを子どもがスコップで叩き殺そうとしていたシーンです。
子どもに残酷な一面があることを否定しませんし、自分自身も子どものとき虫を殺したことが何度もあります。
そばにいらっしゃった保護者の方も何も注意されなかったので、私もあえて傍観しましたが、しかし、今この時間が何なのか理解されておれば、おそらくそういった行為は制止されるべきだったと思います。
一方、畑仕事をしていた児童も、汚れてもいいように長靴をはいているにもかかわらず、ぬかるんでいない畝の上を歩いているのを何度か見かけました。
こういう行為も、この場合注意されるべきではないかと思われましたが、どうもそのような空気はそこにはなかったように感じました。
今回だけ見ていろいろと判断するのはあまりに軽率かもしれません。
とはいえ、「都市型」教育ファームでは、別にこれが特別なことではないようにも思えてなりません。
泉佐野市公園緑化協会さんが教育ファームを通じて伝えたい、「農業は辛いことだけではなく、誰にとっても案外楽しいことなんだ」、「今、子どもたちに伝えなければ、日本の農業や食糧事情は悲惨なことになる」という考えは、「農」にかかわるすべての人にとって共感できることだと思います。
一方、ご担当者からうかがった話では、第1回目の取り組みの際、参加者全員で昼食を食べたとき、保護者の方たちが子どもたちに「残さず食べようね」と声をかけながら美味しそうにお弁当を食べているシーンを見かけたそうです。
些細なことかもしれませんが、自然にそういう思いが言葉になって表れるということは、確実に何かが伝わっている証拠だと思いました。
今後、この教育ファームを通じてどのように変化していくのかという意味では重要なケースだろうとも思います。
6/17(火)、天気は晴れ。
和歌山県紀の川市にある名手小学校の取り組みにおじゃましました。
紀の川市における農業と教育との連携の歴史は古く、今回協力していただいている紀の川市環境保全型農業グループさんと名手小学校とで学童農園がスタートしたのは10年以上前の1997年。
その後、栽培品目も増やしながら対象学年も拡大、また同じ地域で活動されている生活研究グループさんや食生活改善推進委員の方たちと協力のネットワークを深めつつ、現在まで活動を続けられています。
その意味では、教育ファームというコンセプトがある前からの取り組みですから、ほんとに偉大な存在です。
実際に、児童たちが田植えをしているのを見学するのはこれで2度目。
前回おじゃました高知県の
介良小学校では、「試合開始」早々、児童たちは四方八方に広がって、自由に泥と戯れていました。
で、今回は、等間隔に並び、「田植え綱」という昔ながらの道具を使いながらの田植えとなりました。
田植えは5年生が2グループに分かれて前半・後半で実施されました。
さて、田んぼはこのところのお天気と高い気温のためか水気が少なく、正直、少し臭いました。
子どもたちも、「臭い!」とか「ミミズがいてる!」とか「足がつった!!」とか「田んぼがしゃべった!?」など、ワーワー!キャーキャー!感嘆と奇声を発しながらのスタートでしたが、次第に泥の臭いや感触にも慣れ始め、黙々と田植えに汗を流していました。
田植えも終盤に差し掛かると、「臭い!」とか「気持ち悪い!」と騒いでいた児童も、その泥で遊ぶようになっていたことに感心しました。
一方、最初から最後まで一番田植えを満喫されていたのは、他でもない校長先生。
「ワシ、こんなん一番好きや!」とおっしゃって、児童たちに泥を塗るなどまるでいたずらっ子のようなはしゃぎっぷり。
先生や子どもたちも最後は、「もうほっといて田植えしよう」と呆れる始末でした。
ただ、これが意外に大事な要素だったりするような気がします。
まだ少ない事例の中での個人的意見ですが、こういう取り組みに先生や生産者といった中心となる大人が率先して楽しんでいると、子どもたちなど参加者(あるいは、傍観者も含めて)も知らず知らずの内に巻き込まれ、「開放的一体感」(「外延的一体感」という方が正確かもしれません)を感じることができるような気がしました。
そして2グループの田植えも無事に終わり、その後は体育館にて地域の生活研究グループの皆さんが準備してくださった、自家製梅干入りのおにぎりをいただくことに。
おにぎりをいただく前に、生活研究グループの代表の方が、「こびる(小昼)」と「米粒ひとつひとつの大切さ」について簡単にお話いただきました。
小さいころ田植えを手伝ったあとに畦道で食べた「こびる」(昼食と夕食の間、または朝食と昼食の間にとる軽い食事のこと)がとても楽しみで美味しかったという代表の方の話がとても印象的でしたが、これも実際に経験した人の口から伝えられることだからこそだと思いました。
みんなで「こびる」をいただいたあとに、生産者の方からいろいろとお話を聞く時間をいただきました。
これまで紀の川市環境保全型農業グループさんと名手小学校との取り組みの中で、スイートコーンと大根の栽培も行われており、スイートコーンと大根を栽培することに「意味」があることを説明していただきました。
例えば、大根は種をまいて2~3日もすれば双葉が芽を出すそうです。
この小さな双葉が重い土を押しのけて芽を出す姿に生命力を感じてほしいし、また収穫のときに大根を引き抜くと「ポンッ!」と音がなり、その音を「大根の声」だと説明されるそうです。
つまり、大根も生きているんだということを知ってもらいたいという意味が込められています(田植えのときに「田んぼがしゃべった!!」といった児童の言葉も偶然ではないように思われます)。
また、スイートコーン(とうもろこし)はとても生命力が強い植物で、激しい風雨などで幹が折れそうになると、折れないように自ら倒れ、また自力で立ち上がるそうです。
もし無理に人の手で起こそうとすると、倒れた側の根が傷ついてしまうため、無理に起こさずに自力で起き上がってくるのを待つのだとも。
すなわち、「人間も一緒だ。しんどくなったら倒れればいいし、無理をせずまた立ち上がる気になったら立ち上がればいい」ということをスイートコーンを通じて教えられるということでした。
そして何より生産者の方たちにとって喜ばしいことは、畑仕事などをしていると通学中の児童たちがあいさつをしてくれたり、「こんなところ(畑)で何しているの?」とか、農作業について「次は何をしたらいいですか?」など、日常的に自然なコミュニケーションが生まれていること。
これまでの活動が文字通り地域に根を張り実った成果なのかもしれないと思いました。
栽培のテクニックではなく、何でもって何を子どもたちに感じてもらえるか、それこそ「教育ファームだ」という確固とした信念は、経験と歴史がベースにあるからこそだと感じました。
他方で、「農作業を教えることには自信がついてきましたが、子どもたちの将来や農業の将来につながるのかどうかについては、いまだに自信がありません」というあくまでも謙虚な姿勢に、こちらが身の縮む思いでした。
P.S.
ご好意で、もぎたての若いスイートコーンをたくさんいただきました。
家にもって帰り、教えていただいた通り、軽く塩ゆでして食べてみることに。
実は、あまりとうもろこしは得意ではありませんでした・・・が、一口食べて・・・「美味し~い!」
ほのかに甘く芯までシャキッと、なんともいえない歯ざわり。
あっという間に甥っ子と一緒に食べてしまいました。
また、好き嫌いをひとつ克服しました。
ごちそうさまでした。