先日、友人のお見舞いの帰りに、西鉄薬院駅のミスタードーナツでお茶を飲みながら愉快な仲間たちと談笑していたときの話しである。
「最近気になる商品がケンチキ(ケンタッキーフライドチキンのこと)にある」と切り出した。
「それは何?」という話になり、それは「エッグタルト」だと話し始めた。
以前、個人的に「
アンドリューのエッグタルト」に異常なほどはまってしまったことがあって、「エッグタルトと聞くとどうしても食べたい」のだけども、「ケンチキでエッグタルトだけを注文するには気が引ける」のだと自分の消費性向を説明してみた。
そうしたらば、愉快仲間たちから非難轟々雨あられ。
なぜにそこまで「そんなのおかしい」といわれなければならないのか、そのときばかりは不愉快な仲間たち。
ケンチキの主力商品は、紛れもなくフライドチキン。
そのケンチキで、フライドチキンを頼まずに「エッグタルト」のみを注文する後ろめたさ、そのことがどうしてもこの不愉快な仲間たちには理解してもらえない。
苦し紛れに、「じゃー、例えば、吉野家で牛丼を注文せずおしんこだけテイクアウトができるか?」と反論してみたが、火に油を注ぐ結果に。
あんまり自分の消費性向について軽々しく口にするもんじゃないと思った一日だった。
世の中には、いろんなおそるべき能力をお持ちの方がいる。
そんな人に、日常のお買物の場で出くわすと、とてもうれしい。
得した気分になれる。
そんな天才を二人ほどご紹介。

その1.サイズ当ての天才
某ショッピングモールの下着売場の販売員さん。
パート待遇で、おばちゃんな風貌であるのだが・・・。
この人はすごい。
ぱっと見ただけで(ダウンコートなんか着て着膨れてても)
ぴたりと下着のサイズを当てるんである。
それもかなりの精度で。
ブラジャーなんかであれば、ぱっと見で、
「あなたはCカップね」なんてことは、けっこう言えそうな範囲。
「おそるべき」には遠いのだが、この人は違う。
トップバストとアンダーバスト、ヒップサイズなど、ほぼ1センチも違わんほどの当てっぷりなんである。
売場でぽわーっと見てると、
「お客さん、あなた、トップは●センチでアンダーは●センチくらいね」
なんて、背後から、耳元でささやくんである。
「えっ!」と振り返ると、
メジャーを手に、にんまり笑うおばちゃん。
「実際に、測ってみましょか?」
と、試着室へと連行され、下着姿にさせられ、
ちゃーっと測られると、
あれまぁピタリ!
近所の知り合いに
「あの下着売場のおばちゃん、すごいよね」
と、話したら、さっそく行ってみて、
「すごいすごい、何であんなに当たると?」
と驚いていた。
残念ながら、その販売員さん、サイズはピタリと当てられるけど、
商品知識が若干不足。
ぴったりのブラジャーを持ってきて買わす・・・までには至らんのである。
惜しい!
私が売場店長だったら、時給上げて、すんごいカリスマ~な販売員にしちゃうのにな。
その2:袋づめの天才
ちょいと高級なPレットという食料品売場のレジの女性。
ちょい高級なんで、レジ作業しながら、袋詰めもしてくれるサービスがある。
私はこれがとても好き。
私は、袋づめがものすご苦手でヘタなんである。
デパ地下じゃ、二人一組になって、
レジ通したものを、どんどんきれいに袋に入れてくれて、
ちょっと贅沢な気分になるものですが、
レジと袋づめを一人の人が行うというのはけっこう大変な作業のはず。
Pレットは、5台ほどのレジが並んでいて、
どの人もそこそこ器用にレジと袋詰めをしてくれるんですが、
そのなかに群を抜いて、きれいに詰めてくれる人がいるんである。
袋の底辺に来るものは、大き目の重めのもの。
その上に、発砲トレー入りの肉だの魚だの。
最後に大根とか長め、太目のものを横に入れる。
見てれば簡単そうですが、やってみると、なかなかに難しい。
それがね~この人の手にかかると、
みんな号令かけたみたいに、きれいにすぱすぱと収まって
スーパー袋が見事な直方体に仕上がり、
持って歩いても形が崩れることもないのです。
おそるべき能力。
他の人と時給が同じであってはならんだろ。
わたしは、あの人に詰めて欲しくて、
Pレットに通うようになったもんな。
時々、こんなのは詰めるの難しいよな
という変形の調味料なんかをいくつも買って難題ふっかけてみるけれど
それはそれは見事に収めてくれるもん。
たぶん、自分の能力がものすごすごいとは、自覚してない様子。
でも、こんな能力を持つ人が5人揃ったら、
すごいパワーを発するような気がするんだが。
2007年11/29 17:21 | by
piccard |
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昨日、大学生のヒヤリングをした。
ケータイの話でありました。
で、ドコモユーザーに聞いてたら、
そろいもそろって、「d401i」だの「sh902is」だのって、
型番すらすら言うんです。
「おおおっ、それへんじゃん。なんで、すらすらそんな自分のケータイ言えるんだよ、おまいら、あほか!」と、気持おもむくままに、マイルドに問いただしましたら・・・。
やっぱ、ドコモの人はふつうに、型番を言い合ったりしてるみたい。
で、それを言い合って、互いの趣味嗜好がわかったりするんだって。
!!!!
そんなののって、ドコモ以外にはないよなぁ。
ドコモユーザーだけに起こってることなんだろうか。
人は何に付くのか?身近なケータイでも、いろいろと手繰れそうな話です。
さて。同じような話(かどうかはわからんが)、
香川県高松に行った時の話。
高松の道行く人に道を聞いたらば、ほぼ100%の人が
「ああ、それは、ここ西に100m行って、その角を北に進んで・・・」
みたいな感じで、東西南北で、地理を説明するのにびっくらこいた。
福岡だとどうだろう?
例えば天神で道を聞かれたら・・・・
「ここをあっちにまっすぐ歩いたら
赤レンガのビル(大丸)があるので、そこを渡って・・・」
という風に、主だった建物を軸にしながら説明すると思うのね。
高松の理路整然とした東西南北の説明は、とても珍しかった。
珍しかったのでいろんな人に道を聞いてみたけど、老若男女、ほとんどが、東西南北で道を教えてくれるんだよ。
高松は平坦な町で、これといった地形の起伏がないということも、そんな言い方の根拠になっていることは十分考えられるけど。
それ以外の気質的な要因をとても感じます。
福岡の「よかよか」などうちゃらこうちゃらなものとは明らかに一線を画しているような。
お遍路さんが昔から来てて、道を正確に教えなくちゃの歴史があったのかなぁ。
東西南北という、どっか理系な線引き感覚がある人が多いのかなぁ。
日本は、そんなこんなで、いろいろでおもしぇーなぁ。
だから、知らない町に行くのが、楽しいんだろうなぁ。
4/4(水)、2本目の打ち合わせはPaperCompanyさんにて、新たな企みの件などを。
詳細は残念ながら明らかにできないが、こういう企みの場にお誘いいただけるのがうれしいのである。
共同でできるか否かは別にしても、違う組織の人たちとアイデアを出し合い新しいテーマにチャレンジしていくことは、まったく無駄な時間ではない。
例えば、同一の組織内においてそういったコミュニケーションができない、文字通り死んだ組織がある。
ましてや外部の組織との情報交換など、「機密情報の漏洩」とでもいわんばかりにシャッターを下ろすような組織だ。
社会情報の蓄積はAmazonに任せて、われわれは積極的な情報フローに価値を見出したい。
ただ、反省すべき点は、今のところ声をかけてもらってから動いたり考えたりしている姿勢についてである。
いわば刺激-反応型の行動では遅かれ早かれドン詰まるに違いない。
そんなことも、やはり違う組織の人たちとコミュニケーションを取らなければ、客観視できないことなのだけども。
2007年04/05 00:34 | by
boff |
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"
NO MUSIC, NO LIFE."とは、いわずも知れたTOWER RECORDSのコーポレート・ボイスである。
この優れたコピーは、富士フィルムの"
NO PHOTO, NO LIFE."といった他の業界とのコラボレーションを生んでいる。
そして今回、新たに生まれたコラボレーションが"
NO MAID, NO LIFE." である。
音楽とは他のカルチャーとの親和性が非常に高いのだなと思わせる。
この分だと、何でもありだ。
例えば・・・・
飲食系なら"NO FOOD, NO LIFE."とか、消費者金融系なら"NO MONEY, NO LIFE."とか、祭儀場系なら"NO DEAD, NO LIFE."とか・・・・挙げればきりがない。
いずれにせよ、メッセージはメディアであり、メディアがカルチャーを融合していくという典型的なパターンであると思われる。
まぁ、あまり深く考えず、メディアが織り成すミックスト・カルチャーの心地良いところに寄り添えば良いということなのだろう。
そんなこんなでわれわれも、そんな心地良いメディアになりたいと思う。