「巨人と玩具」から見るマーケティング史

2019.12.22 Selfish Study 0 Comment boff 0 view

 

取引先の方からぜひ読んでみてと推薦された、短編小説「巨人と玩具」を読みました。
初出は1957年、著者は開高健です。
以下、あらすじや小説の内容について感想も交えて言及しますので、ネタバレNGの方はまたのご訪問お待ちしております。

 

ひとまずあらすじ

時代背景は1950年代後半、戦後復興から高度経済成長期の日本。
「巨人」と呼ばれる製菓メーカー3社間の熾烈なキャラメル販売競争をテーマとして、その中の1社である「サムソン製菓」宣伝部を軸に皮肉に満ちた人間ドラマが展開されます。
キャラメルの特売キャンペーンにそれぞれ独自の販売戦略を企画。
しかし、菓子市場においてキャラメルはすでに死に筋商品になりつつあった。
このキャラメル販売競争のはてに、勝者と呼べる「玩具」は存在したのだろうか?

 

1950年代後半の日本のマーケティング史

小説の中では「マーケティング」という表現こそ一度も出てきませんが、明らかにそれを題材にした小説だと思いました。
開高健さんは元々サントリーの宣伝部におられましたから、そのときの実体験に基づいて生々しく書かれている部分もあります。

例えば、広告宣伝についてこんなくだりがあります。

 

「アメリカ人は大衆心理をつかむ天才的な着想をもっていた。彼らは宣伝資本は潜在意識に投下しなければならないと考えたのである。・・・・強調や哀願や扇動ではなく、ただキャラメルの代表する楽しさ、甘さ、を広告・・・・商品は売らず、感情を売ったのである。廃址にさまよう大衆にむかって、ただ幸福を謳うだけにとどめ・・・・あくまで自分の意志で商品を選ぶのだという自尊心」を楽しませるのだと。

 

1950年代後半は、アメリカで生まれたマーケティングが、日本でも模倣的に急展開された時期だと言われています。
「巨人と玩具」はあくまでフィクションですが、まさにその当時の日本において、荒削りなマーケティング手法が販売問題解決の中心的な役割を担いつつあったことを物語っています。

 

現代にも通じる視点

本書の中でとくに印象に残ったのは、ライバル企業である「アポロ洋菓子」の戦略です。
他の2社が子どもウケするおまけやイベントの販売戦略を進めるのに対し、「アポロ」は「小学校から大学までの奨学金」を懸賞にするという、まったく異なったアプローチをとります。
つまり「アポロ」は、キャラメルの消費者である「子ども」ではなく、購入者である「母親」に訴求するキャンペーンを展開したわけです。
主人公の一人が、「知恵のある奴がいる」と思わず本音をもらしてしまうほど、卓抜した発想だったと言えるでしょう。
実際物語の中では、「アポロ」のプロモーションは社会的にも高く評価され、他の2社を大きくリードすることになります†1

 

現実のマーケティングに関して、例えば、IKEAの「難民キャンプに明かりを届けよう」キャンペーン(2015年)がアプローチとしては似ています。
IKEAでLED電球やランプが購入されるごとに、IKEAが1ユーロをUNHCR(難民高等弁務官事務所)に寄付し、再生可能エネルギーを利用した照明設備や調理器具が難民キャンプに提供されるという取り組みです。
このキャンペーンでより重要なことは、「購入された照明機器が、難民キャンプへの希望の灯をもたらす」というメッセージを消費者に伝えることであり、そのことによって理念の共有とブランド力の強化が期待できます。

「アポロ」にしてもIKEAにしても、商品の購入をダイレクトに催促しない販売促進活動は、より高度なマーケティング戦略だといえるでしょう。

 

 

 

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Notes

  1. しかしながら、予期せぬ事態が発生し、このキャンペーンは頓挫してしまいます。

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